スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

監督 河島美絵 

かわしま・みえ。愛称は「ケンタ」。
現役時代の背番号は7

クラブ代表。現役時代はLリーグの強豪、鈴与清水などで活躍。
アンクラスがなでしこリーグに初参戦した2006年にはリーグで唯一となる選手兼監督として奮闘し、同年に現役引退。2012シーズンまで監督としてチームを率いた。
Kenta(2006)01 Kenta(2006)02

小さい頃から気が強く、ジャンケンで負けただけで悔しくて泣き出すほどの負けず嫌いな子供だったという。

福岡女学院に在学中の中学1年の時、抜群の運動神経を買われ、サッカー部の監督だった鶴原監督の誘いでサッカーを始める。
サッカー部に入部して僅か1週間後に出場した練習試合でいきなりハットトリックを達成するなど、早くも非凡な才能の片鱗を発揮している。
ちなみに、その時はまだサッカーのルールさえよく把握しておらず、試合中にセンタリングを手でスパイクして審判に注意されたらしい(笑)

福岡女学院を卒業後は、当時のLリーグの強豪、鈴与清水FCラブリーレディースに入団。攻撃的MFのポジションで主力として活躍していたが、入団2年目にチームは資金難によりリーグを撤退する事となる。
他のLリーグチームへの移籍を周りから勧められる中、生まれ育った地元のチームを強くしたいとの思いから、チームメイトの鈴木千賀を引き連れ福岡女学院FCアンクラス(当時のアンクラスの名称)に復帰。
アンクラスの福岡県リーグ、九州女子サッカーリーグでの躍進の原動力となり、なでしこリーグに初参戦した2006年には選手兼監督として戦った。

試合では中盤での攻守の要としてチームに不可欠な戦力だったが、一方で彼女はクラブの代表、及び部長なども兼任していた為、監督、選手としてのトレーニングに加えてスポンサー探しや運営面でも奔走しており、このシーズンは肉体的にも精神的にも相当な無理をしていたであろう事は想像に難くない。
そんな多忙さも理由の一つか、2006シーズン終了後、惜しまれつつも28歳の若さで現役を引退。現在は監督としてチームを率いつつ、クラブの代表として運営面も一手に担っている。

夢は、福岡に世界一のクラブチームを作ること。

福岡女学院サッカー部の戦いの舞台を福岡から全国区へと押し上げた最大の功労者の一人であり、ひたむきで熱い情熱を持って全力で走り続けている彼女の努力が無ければ、現在のアンクラスは間違いなく存在していなかっただろう。
河島美絵こそが福岡J・アンクラスの“魂”そのものであり、その情熱を持ち続ける限り、いつかきっと夢は実現するはずだ。

年度 リーグ戦出場 / 得点 所属チーム 所属リーグ 
 ~2005 データ不明 福岡女学院FCアンクラス  九州女子サッカーリーグ 
 2006 18試合出場 2得点 福岡J・アンクラス なでしこリーグ 
 通算 56試合出場 9得点 -- -- 


参考記事

フィールドの風=福岡女学院アンクラス主将 河島美絵さん(22)
(西日本新聞:2001年6月)

福岡J・アンクラス――二人三脚で作ったクラブ さらなる高みを目指して
(スポーツナビ:2006年9月)

なでしこ監督は1人5役/蹴人
(日刊スポーツ:2006年10月)
関連記事
スポンサーサイト
[ 2009/02/14 23:38 ] 選手紹介 | トラックバック(-) | コメント(-)






上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。